続・そすいのさんぽみち

~2015年4月1日 1件 追加投稿しました。累計510件~
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B-02-58 山科地区にある植物の話題 ① 駅前の街路樹「ユリノキ」

          琵琶湖疏水の散歩道・第502話(2013-01-07)   KANKANBOW記

1)まえがき

 私は最近「やましなを語りつぐ会」のお世話になっているが、定期的に開催される例会で、ご挨拶がわりに一枚の解説資料を配布して説明させてもらっている。私は季節の変化に対応する植物の由来にも興味があるので、関連する話題を数回紹介しているが、世話役の説田さんから、このほどシリーズ物として機関誌「笹の音」に投稿してほしいという要望があった。例会に出席を重ねる中で会員の経験と実力に触れ、植物分野の知識が深い方も居られることも知ったが、機関誌の原稿集めをしている世話役のご苦労も知っているので、このシリーズは“今後誰でも投稿できる場として育てることを前提”として引き受けることにした。要点を整理して短くまとめたのが本資料である。                          原稿は2011-11-23に作成したもの)

2)山科駅前のユリノキについて

 昨年11月の例会で説明した資料「山科駅前の街路樹ユリノキの由来」を参考までに末尾に添付したが、今年も黄葉となり落葉が始まる季節を迎えた。

          1_convert_20130107222914.jpg

 写真は三条通りの交差点から、北の山科駅までの両側に存在する約30本のユリノキを示すが、この街路樹の説明は、写真の向かって右側の手前部分にある小さな木札だけであり、学名「モクレン科ユリノキ属」の記載があるのみである。私はモクレンとかユリの名のついた樹木に興味を持って、少し調べたみた結果が面白かったので、例会で紹介(配布資料を末尾に添付)したところ、話題になったことを思い出している。できれば街路沿いに簡単な説明版を設置したいと願望している。

 

3)京都市の近代街路樹100周年の話題

最近になって「京都市の近代街路樹100周年」としてユリノキが話題として取り上げられ、2011-1021付京都新聞でも報じられたので、その要旨を紹介する。

 ここでは、京都市都市緑化協会から発行されている「京のみどり・秋」誌64号に詳しく紹介されているので、これをベースに紹介する。

   2_convert_20130107222938.jpg 3_convert_20130107223013.jpg
「京のみどり」誌は、私の愛読誌の一つであり、今年の秋号(季刊)で
64号となる。この冊子はA-41520ページであるが、その表紙の写真がすばらしく、京都の「みどり」の話題が集約してあるので、毎季の発行を楽しみにしている。上の写真の右は最近発行の表紙例であり右は64号に記載された記事のページの題目を示したが、“明治451912)年に烏丸通に近代的な街路樹として「ユリノキ」が植栽されてから100年を迎えるので、記念事業として12月頃「記念シンポジウム」を開催し、来年2月頃には記念冊子・ガイドブックを発行する”と予告している。

         100周年記念行事は、実現しないまま現在に至っている)

 

4)添付資料

語り継ぐ会の定例会配布資料               2011-10-12作成

 

                  山科駅前の街路樹「ユリのキ」の由来


  京都山科駅前から三条通に至る南北の道路の両側と周辺に「ユリノキ」が植樹されている。京都市の街路樹は、イチョウ・トウカエデ・スズカケの木・サクラ・ケヤキなど約49000本が植えられているが、「京都市情報館」の記録によると、「ユリノキ」は京都市が採用した最初の近代的街路樹であり、明治451912)年に福羽子爵が大森京都府知事に贈った「ユリノキ」を烏丸通(京都駅~丸太町通)に植えたのが最初と記されている。

  福羽逸人子爵(1856~1921)については、神戸の須磨離宮公園の設計者として私のホームページに詳しく紹介しているが、新宿御苑(当時新宿農学所)を育てた人物としても知られている。私が東京単身赴任中によく訪ねた新宿御苑で、一番高い木(高さ35m、幹径3.9m)は「ユリノキ」であり、その秋の黄葉は見事であった。
 説明板によると、明治9(1876)年ころ明治政府が学監として招いたアメリカ人学者モレ―が東京大学の伊藤圭介教授にユリノキの種子を贈り、その一部を新宿農学所で育てたのが日本に伝授された最初である。農学所の指導者であった福羽逸人氏が明治40(1907)年に採取された種子から大量の街路樹用苗をつくり全国に配ったという記録も。ある これで話は繋がったが、山科駅前に採用された詳細な経緯は未調査である。  


       4_convert_20130107223049.jpg    5.jpg 
  
          2010-11-18-3063  山科駅前のユリノキ街路樹     2010-12-13-3343 半纏の木

 「ユリノキ」の名の由来は、ユリの形をした小さい花が5~6月に咲くことから名付けられたが、英名はチュ-リップツリー、米名はイエロウポプラと呼び、日本では葉の形が昔の着物の上に着る半纏(はんてん)に似ていることから半纏木と呼ばれることもある。 検索すると花の細部が紹介されている。

街路樹としては大きいサイズの落ち葉の処理が大変で、採用されている場所も少ないが、大きい葉の後始末をしながら季節の変化を楽しむ事ができて面白いと言う人もいる。
 近代的な外国由来の街路樹「ユリノキ」は京都最初の近代的街路樹であり、その延長に山科駅の正面通(外環状線)に「ユリノキ」が存在することは自慢できそうな話である。5~6月になったら、5cmくらいのオレンジ色のチューリップ状の花が咲く筈であるが、下からみてもわかりにくい。 あと10年先か20年先の立派な姿を想像しながら駅前通を歩いているこの頃である。                     

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